ICT分野の現況を垣間見る

月曜日 , 14, 5月 2018 Leave a comment

数日前、私の配属先の若いスタッフが私のところへやって来た。 彼は、配属先(小児医科大学のイノベーションセンター)の「PC室Administrator」という肩書で働いている。ということは、「ITのプロフェッショナル」である、と期待していい人材のはずである。

彼はUSBディスクを一本取り出して「見ていただきたいプログラムがあります」と云うので、そのディスクの中を見て、彼が指し示すファイルを開いてみた。
私:「何が問題なのですか?」
彼:「Submitボタンをクリックしても反応がありません。なぜでしょう?」
私:「私のPC上で操作を試してみてください」
彼:「わかりました」

彼がPC上に表示したのは、どうやらログイン認証画面(あるいは、ログインIDとパスワードを登録するための画面)で、IDとパスワードを入力してSubmitボタンを押せば認証処理、あるいは登録処理をおこなう、という極々ありふれた画面のようだった。(画面上、Регистрацияとあるので、登録の画面かと思ったが、認証処理とも解釈できる。 ファイル名がВход.htmlなので認証処理なのでしょう)

たしかに「Submit」ボタン(画面上ではロシア語で「Отправить данный」ボタンとなっている)を押しても無反応だった。

私:「ソースリストを見てみましょう。 エディタ上に開いてみてください」
彼:「はい。・・・・ これです」

と見せてくれたのが下図のリスト。

<!doctype html>
<html>
<head>
<meta charset="utf-8">
<title>Kirish</title>
</head>

<body background="321.png">

	<table bgcolor=#71D807 align="right" width="10%" border="1" cellspacing="0" cellpadding="0">
  <tbody>
    <tr>
      <td><a href="kirish.html"> O'ZBEK TILI </a></td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
	<h2 align="center">Регистрация</h2>
	
	<form>	
	
	<table align="center" width="10%" cellspacing="10" cellpadding="5">
  <tbody>
	 <tr>
      <td align="center">Логин</td>
		 <td><input type='text' name='log' ></td>
    </tr>
    <tr>
      <td align="center">Пароль</td>
		 <td><input type='password' name='pass' ></td>
    </tr> 
<table align="center" width="10%" cellspacing="0" cellpadding="0">
  <tbody>
    <tr>
      <td><input type="reset"  value="Сброс"/></td>
      <td><input type="submit" value="Отправить данный"/></td>
    </tr>
<table align="center" bgcolor="#7AED10" width="15%" border="1" cellspacing="0" cellpadding="0">
  <tbody>
    <tr>
       <td align="center"><input type="submit" name="submit" value="Регистрация" /></td>
   </tr>
  </tbody>
</table>

  </tbody>
</table>

</body>
</html>

「君は一応『ITプロフェッショナル』として、ここのPC室の管理者をまかされているんだよね、・・・私にはこのコードはとうてい『ITプロフェッショナル』が書いたコードとは思えないのだが・・・」
喉元まで出かかったそのひと言をなんとか飲み込んで、ぐっとこらえる。
インデントがメチャクチャなのも、いまどきまだTable layoutでWebPageを作ろうというのも、tableタグのネストがきちんとできているのかということも、ぐっとこらえて・・・

私:「パッと見て(At a glance)、
  1. HTML formでSubmitボタンになにか仕事をさせたいときに、
             formタグに書かなきゃいけない約束事を調べなさい
     formタグをしめ忘れてます 気をつけましょう
  2. このファイルはHTMLファイルです。このままではWebAPとして動作するわけがありません。
     WebAPとして動作するために何が必要か、調べなさい
     Javascriptを駆使するのなら別ですが、HTMLは静的(Static)なWebPageを生成するものです。
     JAVAやPHPなどのプログラム言語でHTMLを動的(dynamic)に生成する、という発想の転換が
必要です
  3. このHTMLはいわゆる「Table Layout Design」と呼ばれているテクニックです。
     今、「Table Layout Design」でWebフォームを作成するエンジニアはたぶんいないはずです。
     インターネットで「CSS design layout」あるいは「Box Layout Design」で検索して、
     Webフォームのレイアウト方法論を勉強し直してください。 学校で教わらなかったですか?
     HTMLのTableタグはあくまでも表を作成するタグであること、
           フォームのレイアウトに利用するのは基本的に誤りです。」
というようなことを言って、席に戻らせた。 わかってくれただろうか?

大学、あるいは専門学校でひととおりICT関連の単位を習得して、ここの人材募集に応募し、面接等を通過して「PC室Administrator」として採用されたはずの人、である。 おそらくこの国の多くのICTの現場でおなじような人材をみつけることができるだろう。 これがこの国のICTのまぎれもない現況、である。

大学や専門学校にはICTのコースが用意され、講座が組まれ、卒業生が業界に放たれていくのだけれど、私がイスラム大学で見たように、ほぼ座学中心・知識詰め込み型で、教える側(先生方)にも「プログラミング経験がない」とか「実務経験がない」など、教えたくても「教えるための引き出し」を持たない先生方が大半で、そのような先生方に教わって、なんとか単位だけもらって世に出てしまう。 なかにはそのような「教えるための引き出しを持たないまま」中等・高等教育の教育現場に送り出されて教壇に立つ先生が再生産されていく。 これが、ウズベキスタンの現実です。 ウズベキスタンに限らず、私がみてきた途上国(パラオ、スワジランド)、いずれの国にも同じような状況があり、「引き出しを持たない」先生方が「引き出しを持たない」技術者・教育者を再生産してゆくという悪循環が始まっています。

途上国でのICT教育はだいたいどこでも90年代後半、あるいは2000年前後から始まっています。
その頃はそれぞれの(途上国)国内でICT分野の市場も小さくて(=雇用機会も少なく)、プログラミングやシステム開発を経験する場もほとんどなく、高等教育期間(大学・専門学校etc)で教える側にもそうした経験を持たないまま教えざるを得ない、というのが実情だったと思われます。そうした、いわば「ICT分野について『引き出し』を持たない教育者」(第一世代)に育てられた「『引き出し』を持たない技術者・教育者」(第二世代)が2010年頃から途上国の開発現場・教育現場に立つようになった、と思われます。

私たちが今見ているのは、こうした第二世代目のICT教育者たちであり、やはり第一世代の教育者たち同様、プログラミングやシステム開発を経験することなく(=『引出し』がないまま)教壇に立ち、当然の結果として「座学中心」「実習機会の乏しい」ICT講座がまかり通ることとなっています。 実習機会を与えることができても、「DOS/Windowsの基本的な作法」「プログラミングやシステム開発の基本的な作法」を身につける機会がないまま教壇に立つ先生方にとって可能なICT教育の材料(教材)、といえば、
  「DOS/Windowsやプログラミング・システム開発の基本的な作法」をブラックボックス化して
   あたかもそれら基本的な作法は「ユーザーが触れる必要のない部分」としてツールが代行し、
   結果として開発の効率アップを目指すIDEツールやフレームワークツールの世界
でした。
IDEツールやフレームワークツールを駆使すれば、開発経験がなくても一定程度のコードは生成できますが、コードを生成しているのは先生や学生自身ではなく、ツールです。 IDEツールやフレームワークツールは「DOS/Windowsの基本的な作法やプログラミング・システム開発の基本的な作法のような面倒な部分を全て覆い隠して、ICT技術者の生産性をアップしてくれる」という側面をもっています。 そして今、「引き出し不足」をカバーしてくれるその側面が隠れ蓑になって、「IDEツールやフレームワークツールを使いこなすことこそがICT教育である」というたいへん深刻な勘違いが、とりわけ途上国で(とりわけ「引き出しを持たないICT教育者」のなかに)根づいてしまっています。 そうした勘違いは学生にも浸透しています。
このようにして「引き出しを持たないICT教育者が引き出しを持たない技術者・教育者を拡大再生産する」という悪循環がここ数年、各途上国で始まりつつあります。 この悪循環が固定化されてしまうと、克服が非常に困難な未来が予想されます。

先進国(日米欧)では、そのあたり、ツールの利用が拡がりつつも、幸いなことにBasicな作法への姿勢もまた高等教育のレベルできちんと伝わり、教え継がれているように見受けます。 70年代・80年代にコンピュータ・リテラシーを身につけた先輩方が残した貴重な財産、といえるでしょう。 

 JICAがこうした現実を知らないはずはないと思います。 こうした現実を見ながら、途上国の初等・中等教育の学校現場にいくらJOCVの若者を派遣しても、ここに示した悪循環を断ち切ることは不可能です。 的の位置を知っていながら、あらぬ方向へ矢を放ち続けている、私にはそんな風に見えてなりません。

なぜ「的の位置を知っていながら、あらぬ方向へ矢を放ち続けている」のでしょう?
たぶん、そのほうが波風がたたないからでしょう。 ODA事業の一環として、JOCVのプレゼンスを高める上でもそのほうが効果的だからでしょう。私が指摘した上記の悪循環を断ち切るには、相手国の教育システムに真正面から立ち向かう覚悟が必要だし、少なくとも相手国のICT教育シラバスを書き換えるくらいの熱意をもって臨まねばなりません。そんな面倒なこと、やってやろうという熱血漢が今のJICAにいらっしゃるでしょうか?

大洋州・パラオでシニアをやっていた時にも、ICT教育の現状に風穴をあけようと試みたことがありました
http://www.gskb.biz/uzbek/wp-content/uploads/PALAU_Vol11No5_201106_23_ITGroup_21-3_Tezuka.pdf http://www.gskb.biz/uzbek/wp-content/uploads/ProposalToPCC_201012_1.pdf など)

アフリカ・スワジランドでも、技術系短大でプログラミングを教えてみて、同じような挫折感、というか、痛みを伴う経験があります(http://www.gskb.biz/swazi/?p=188  http://www.gskb.biz/swazi/?p=423  http://www.gskb.biz/swazi/?p=165 など)

ODA予算の減額が取り沙汰されてばかりいる昨今、ODAの最前線にいる私たちの声はキジルクムの砂漠に降る雨粒のように、なにごともなかったかのように跡形なく消えるばかりで、疲労感・消耗感ばかり積み重なっていきます。

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