「パラオ=親日国」という驕り From TIA BELAU (1)

2010/02/01-06 の「TIA BELAU」紙に小さな囲み記事で短い詩、というか短文が紹介されていました。
紹介文には「戦時中にパプアニューギニアへ赴いたパラオ人の調査チームについて」とだけ書かれています。

TIA BELAU 2010/2/1
I’m leaving home and going vary far,
We, young Palauans, are on our way to the South
There are about sixty of us
We are Palauans,
But what we do is for Japan

I just want to let you and everyone know
Our work is difficult, it’s a matter of life and death
The dangers and snakes are difficult to describe
We crossed dangerous rivers and plains.

Karen Nero, Time of famine and transformation. Hell in the Pacific

世界でもっとも親日的と思われるパラオ。 しかし、第二次世界大戦中のパラオの若者のこの短い一文が、60余年を経てなおかつパラオのメディアに取り上げられているという事実、そして、なによりも、この短文の「 ・・・We are palauans, But what we do is for Japan・・」という短い一行に込められた、この若者の心を思うとき、「親日的なパラオの人々」という事実の上に疑うこともなくあぐらをかいている自分の姿に、ハタと気づいて一瞬言葉を失います。 戦後に生きる私たちにできることは、単なる謝罪や贖罪ではなく、このようなパラオの当時の若者たちの心に向けて、私たちの想像力を可能な限り行使する姿勢を忘れないことでしょう。

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